2007/03/09

[misstake][日記]失敗と戒めと復活

※本日ネガティブ日記につき注意

かなり凹む内容の通告がきた。
悔しいし、凹むし、正直隠して何もなかった風を装って日々を過ごしたいけど、
それじゃ今後何も変わらないって思うから、
自分への戒めと思って書いてみよう。
(正直やだけどさ)

何があったかというと、クビになりました

勘違いしないでほしいけど、「会社」をクビになったわけじゃないんです。

今現在出向で派遣されているプロジェクトを
クビになりました。
何かヤバイことをしたのか?
そういうわけじゃないです。

野球選手で言うところの
契約更新が行われなかった状態といいますか、
てかそのまんま契約更新を
4月にしないという内容の通達だったんですけどね。

理由は色々あると思います。
一番のトリガーになった原因が何なのかはお客さんは言ってくれません。
現在、仕事が無い状態(待機時間が多い)なので、
それが原因かと思っていましたが。
(つまり人数過多なので減らす)

そうではないようです。

人数過多でも、いる人はいる。
(実際、一緒にプロジェクトに参加している先輩は出来れば残ってほしいといわれたそうです、ただ自社の方針として、私と二人セットでの出向形態なので私をクビにするなら自分もプロジェクトを抜けるというスタンスを貫いたようです。)

技術面・メンタル面・礼儀面
どれをとってもビシバシに出来てない心当たりがありまくりです。

■礼儀面
基本できてません、
学生気分が抜けていないような状態です。
失言多し。
空気読めない人間ですね。
ただ、最後の砦として悪くなった空気は読めます。
事前の空気が読めません。
なので、何かこの人態度が硬化したけど、なぜだろう?
何かオレがしくったんだよな?
っていう感想ぐらいは持っていました。
今日、職場の先輩から具体例をいくつか出されて、
それにバッチリ自分の動向があてはまり、
空気よめてねぇなぁ・・・って自分にあきれました。



■メンタル面
精神的に弱いです、
打たれ弱いことは無いが、
自我を支えるものが弱い。
簡単に言うと、意志薄弱

■技術面
これに関して、言い訳と反省。
言い訳
私にとって、このプロジェクトで求められているレベルは高すぎます。
反省
だからといって、それは怠ける口実にはならない。
出来る限りレベルを上げ、己を磨くべきだった。

プログラムは実地で覚えるのがはやい。
これは本当のことです。
卓上の勉強を一月するより、
現場修羅場一週間のほうが確実に身につきます。

その実例を体験し見てきたことで、
私の中で

「プログラムは実地じゃないと身につかない、ならば実地以外は勉強しなくていいのでは?」

という変な拡大解釈を日々帰宅してから勉強しないことへの正当化に使用していました。
I fucked up.....



結果は上記の通りです。
技術、メンタル、礼儀
どれでもいい、一つでも特化し、
顧客満足度に貢献していれば、
今回のような事態にはならなかったはずです。

特に、薄々感じてはいたが空気読めてないというか
常識不足というか、状況が読めてないのが一番痛い。

一例)
フレームワークの製作者に向かって、ろくに調べもせず。
「これはバグってるんすかね?」と言った。

----------------------------
私のそのときの意識:
バグ=エラー
つまりエラーが出てるのですかね?
といったつもり。

実際の相手の認識:
フレームワーク製作者にとって
フレームワークのバグ=製作者のミス。
つまりろくに調べもせず、
「あなたこれミスしてますね?」
と言ったようなもん。
実際にはJAVA本来の動きによる制約だったわけで、
それぐらいJAVAやってる人なら常識なわけで、
それをとっ捕まえて、
自分のミスみたいに言われたら。
「こいつ勉強してないし、こっちのミスって決め付ける態度が最悪」
って思われても仕方がない。



・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
ふぅ。。。。凹むわ

さて、自分の悪かったところは書いた。
まだまだ見えてない自分の悪いところはあるかもしれない。
(というかきっとある!)
それでも、
今書いたところだけでも直せれば、
とりあえず前進できる。
ちょっとはマシな人間になれる。

・・・・
うし!がんばろう!

最後に
この文章を自分が素で読み
励みにすることは何度目か・・・

「ダレルロイヤルの手紙」
親愛なるロングホーン諸君

打ち負かされる事自体は、何も恥じるべき事ではない。打ち負かされたまま、立ち上がろうとせずにいる事が恥ずぺき事なのである。ここに、人生で数多くの敗北を経験しながらも、その敗北から、はいあがる勇気を持ち続けた、偉大な男の歴史を紹介しよう。

1832年 失業

1832年 州議選に落選

1833年 事業倒産

1834年 州議会議員に当選

1835年 婚約者死亡

1836年 神経衰弱罹病

1838年 州議会議長落選

1845年 下院議員指名投票で敗北

1846年 下院議員当選

1848年 下院議員再選ならず

1849年 国土庁調査官を拒否される

1854年 上院議員落選

1856年 副大統領指名投票で敗北

1858年 上院議員、再度落選

そして1860年、エイブラハム・リンカーンは米国大統領に選出された。

諸君も三軍でシーズンをむかえ、六軍に落ちる事があるかもしれない。一軍で始まり、四軍となるかもしれない。諸君が常に自問自答すべき事は、打ちのめされた後、自分は何をしようとしているのか、という事である。不平を言って情けなく思うだけか、それとも闘志を燃やし再び立ち向かっていくのか、ということである。今秋、競技場でプレーする諸君の誰もが、必ず一度や二度の屈辱を味わうだろう。
今まで打ちのめされた事がない選手など、かつて存在したことはない。ただし、一流選手はあらゆる努力を払い、速やかに立ち上がろうと努める。並の選手は立ち上がるのが少しばかり遅い。そして敗者はいつまでもグラウンドに横たわったままである。

0 件のコメント:

コメントを投稿